趙憲
趙憲義兵将学者1544~1592
趙憲(チョ・ホン、1544〜1592)は朝鮮中期の文臣であり、儒学者・経世思想家でもあった。1567年に文科に及第して官職を歴任し、1592年に文禄の役(壬辰倭乱)が起こると忠清道の沃川で義兵を挙げ、北上する日本軍を錦山で迎え撃って700名の義兵とともに戦死した。彼らを弔って築かれた墓が七百義塚である。国家存亡の危機に学問と実践を兼ね備えた士人の節義を示した人物で、のちに数々の官職を追贈され文廟に従祀された。
主な業績
- 壬辰倭乱の金山義兵 — 700義兵と共に殉節
関連する場所
錦山 七百義塚