義慈王
義慈王王?~660
義慈王(ぎじおう、599~660)は、百済の第31代にして最後の王である。幼少の頃は兄弟愛が深く「海東の曾子」と称され、大耶城を陥落させるなど一時は新羅を強く圧迫した。しかし治世末期の失政の中で羅唐連合軍の攻撃を受け、660年に百済は滅亡し、王をはじめ王族や多くの民が唐の洛陽へ連れ去られ、温祚王以来続いてきた百済の歴史は幕を閉じた。
主な業績
- 百済最後の王、大耶城陥落後に羅唐連合軍に滅亡(660年)
関連作品
- 階伯(2011)
関連する場所
扶余 扶蘇山城・落花岩
?~660
義慈王(ぎじおう、599~660)は、百済の第31代にして最後の王である。幼少の頃は兄弟愛が深く「海東の曾子」と称され、大耶城を陥落させるなど一時は新羅を強く圧迫した。しかし治世末期の失政の中で羅唐連合軍の攻撃を受け、660年に百済は滅亡し、王をはじめ王族や多くの民が唐の洛陽へ連れ去られ、温祚王以来続いてきた百済の歴史は幕を閉じた。