
日本統治時代
忠義祠(梅軒尹奉吉義士遺跡)
忠清南道礼山郡徳山面德山温泉路183-5
地図で見る場所紹介
礼山・徳山温泉近くに位置する忠義祠は、尹奉吉義士(1908〜1932)が生まれ、中国に渡るまで暮らしてきた場所に造成された사적지로、礼山第2景に選定されました。尹奉吉義士はここで生まれ成長しながら抗日精神を고취하고 農村啓蒙運動을 펼쳤다。その後中国に渡り、1932年4月29日、上海虹口公園で行われた日本軍의 上海戦투 기념식에서 폭탄을 던져 우리나라의 독립 의지를 세계에 알렸다。ここには尹奉吉義士が生まれた家「廣玄堂」、中国へ渡るまで居住していた家で「韓国を建져 내는 집」という意味を持つ「貯韓堂」、農村啓蒙運動을 펼치던 집「復興院」が保存되어 있다。義士의 업적을 기리기 위해 세워진 사적비와 동상、넋을 기리기 위해 만든 사당 忠義祠、유품을 전시한 尹奉吉義士記念館가 있다。