朝鮮王朝
義城郷校
慶尚北道 義城郡 의성읍 향교길 57
地図で見る場所紹介
義城郷校は朝鮮太祖3年(1394)に建てられたと伝えられ、成宗の時に邑の守令であった李宗準によって衙舎川辺から現在の位置に移された。その後、幾度も補修が行われた。地形に従い、左側の丘に祭祀を行う空間である大成殿が配置され、学問を行う空間である明倫堂はその後方にある前廟後学の配置をとっている。一般的な郷校とは異なる独特の配置である。郷校の中心建物である大成殿は、中国と我が国の聖人の位牌を祀った所で、正面5間・側面2間の切妻造りで、朝鮮中期の建築である。講学空間の中心建物である明倫堂は、正面5間・側面2間で、側面が八の字形をなす入母屋造りの朝鮮後期の建築物である。明倫堂の前にある儒生の宿舎である東斎は、正面4間・側面2間の切妻造りである。楼門である光風楼は、正面5間・側面3間の2階建てで、屋根の側面が人の字形をなす切妻屋根の建物である。2階には欄干をめぐらせている。今では郷校の教育的機能はなくなり、春と秋の二度祭祀を行っている。