
朝鮮王朝
南延君の墓
忠清南道礼山郡徳山面上佳里
地図で見る場所紹介
南延君の墓は、朝鮮の興宣大院君の父であり高宗の祖父にあたる南延君(本名:李球、1788〜1836)が眠る墓所で、徳山道立公園の伽倻山地区に位置している。もとは京畿道漣川にあり、その地には伽倻寺という寺があったが、興宣大院君がここが「2代にわたって皇帝が出る地」と聞き、伽倻寺を焼き払って自分の父の墓をこの地に移した。実際に興宣大院君の家からは高宗・純宗の2代にわたって皇帝が輩出された。1868年にはドイツ人のオペルトが南延君の遺骸を人質に取り朝鮮に通商を要求しようとして墓を掘り起こそうとしたが未遂に終わり、その余波で朝鮮は鎖国政策を強め天主教迫害が激化した。現在は整備されて1989年に忠清南道記念物に指定されており、墓所移葬当時に失われていた伽倻寺址が発掘されている。