
朝鮮王朝
大谷寺(義城)
慶尚北道義城郡多仁面大谷寺길80
地図で見る場所紹介
大谷寺は毘鳳山(579m)東麓に位置する高麗時代の寺院で、高麗・恭愍王17年(1368)に王師の指空禅師と懶翁禅師が창건した。창건当初、指空が中国の元と高麗の二国を巡って仏法を広めたことを記念して大国寺と称したとされる。しかし1960年に大谷寺の塔밭で統一新羅時代の菩薩像が出土されたことから、それ以前に既に창건されていたとみなければならない。また高麗末期の李奎報が大谷寺を탐방して詠んだ詩文の題目に「大谷寺」とあり、13世紀初中半にすでに大谷寺という名で寺があったことが分かる。毘鳳山一帯に本院をはじめ九つの암자を建てて仏教を隆盛させ、호국불교정신으로 많은 불제자를 배출した大刹である。境内には宝物に指定された大雄殿と梵鐘楼がある。朝鮮に入っては世宗(1418~1450)代に教宗に属した。1597年(宣祖30)の丁酉倭乱で焼失し、1605年(宣祖38)坦祐が中창して大雄殿と梵鐘楼・寮舍などを新築した。