
朝鮮王朝
崇義祠
忠清南道泰安郡南面赤乭길415
地図で見る場所紹介
忠南泰安郡南面養岩里に位置する崇義祠は、小州賈氏の始祖である賈維鑰・賈祥・賈忱の三代を祀るために建てられた祠堂である。建立の由来を見ると、小州賈氏の中始祖である賈維鑰は中国の名将で、壬辰倭乱の際に援軍として入朝し功績を挙げた。丁酉再乱では賈祥・賈忱とともに朝鮮に渡り倭軍と戦い、釜山で賈維鑰と賈祥は戦死した。賈忱は仇を討とうと戦場へ向かおうとしたが周囲の説得で断念し、遺体を収め葬儀を営んだ。その後、賈忱の息子4兄弟は帰国のため大陸に近い泰安へ来たが、渡航の便が得られず泰安に定住することとなり、その子孫たちが朝廷に建議し、朝鮮哲宗2年(1851年)に崇義祠が建立された。このような歴史的に意義深い建立の背景から、崇義祠は1988年8月30日に文化財資料に指定された。