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歴史探訪
慶州東宮と月池
三国時代ユネスコ世界遺産유적

慶州東宮と月池

慶尚北道慶州市元花路102

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場所紹介

慶州(キョンジュ)東宮と月池(ウォルジ)は、新羅王宮の別宮の跡である。他の付属建物とともに王子が居住する東宮として使われ、国の慶事があるときや貴い客を迎えるとき、ここで宴を催した場所である。新羅が滅亡した後、ここに雁と鴨が飛来したことから雁の『雁』と鴨の『鴨』の字を用いて、かつては雁鴨池(アナプチ)と呼ばれていたが、1980年代にここで『月池―月が映る池』という文字が刻まれた土器の破片が発掘され、三国統一後の文武王14年(674)に大きな池を掘り、池の中に3つの島と池の北・東側に12の峰の山を造り、そこに美しい花や木を植え、珍しい鳥や獣を飼ったと伝えられる内容から、ここが新羅時代に月池と呼ばれた場所であることが確認され、2011年に『慶州東宮と月池』という名称に変更された。日本統治時代に鉄道が通るなど多くの損傷を受けた臨海殿跡の池の周辺では、1975年に浚渫を兼ねた発掘調査で回廊址をはじめ大小26か所の建物跡が確認された。そのうち1980年に臨海殿と推定される所を含め、新羅の建物跡とみられる3か所と月池を復元し、今日に至っている。ここでは多くの遺物が出土したが、そのうち宝相華文が刻まれた煉瓦には『調露2年(680)』という文字が刻まれており、臨海殿が文武王の時代に造られたことを裏付けている。碗や皿も多く出土したが、これは新羅の墓から出土するものとは異なり、実際の生活に使われたものとみられる。臨海殿は別宮に属する建物だが、その比重は非常に大きかったとみられ、月池は新羅の苑池を代表する遺跡として、池の縁に起伏をつけ、どこから眺めても池全体が一目に入らないように造られている。これは狭い池を広い海のように感じられるよう工夫したもので、新羅人の英知がうかがえる。東宮には臨海殿をはじめ計27棟の建物があったことが確認されており、現在は3棟のみが復元され、その建物を照らす華やかな照明と月池に映る姿は、慶州を代表する夜景の名所に選ばれている。