
日本統治時代
慧光寺(慶山)
慶尚北道慶山市長山路24길7
地図で見る場所紹介
大韓仏教法華宗に所属する恵光寺(ヘグァンサ)は1931年に創建された。恵光寺の寺院建物は、朝鮮時代に慈仁県の客舎として使われていた建物を、日本統治時代に「投玄」という日本人僧侶が日本仏教を布教するために現在の位置へ移築し、日本式寺院として建築・運営してきたと伝えられる。日本人僧侶がこの地に居を定めたのは、当時ここが慶山の中心地であり、風水的に蓮の花が水の上に浮かんでいる形である「蓮花浮水形」の名堂であったためと伝えられている。解放後、日本に居住していた韓国人僧侶である恵光和尚がここに住しながら、倭色仏教を打破して大韓仏教法華宗団に寺院を登録した。この時から住職の法名にちなんで恵光寺と寺名を定め、現在の大雄殿に奉安された後仏幀画を国内のある寺院から迎え、名実ともに韓国仏教法華宗の寺院として面目を一新した。しかし時が経つにつれて恵光寺は次第に衰え、ほぼ廃寺寸前に置かれていたのを、1975年に寺院の住職として新たに赴任し現在まで住している法華宗の元老・恵門和尚が大雄殿を再建し、現在の寺院の姿へと変貌させ、今日に至っている。