K-ストーリートレイルK-ストーリートレイル
歴史探訪
慶州善徳女王陵
三国時代

慶州善徳女王陵

慶尚北道慶州市普門洞

地図で見る

場所紹介

慶州郎山の頂上にある新羅第27代善徳女王陵(在位632~647)は646年頃に造成された。高さ6.8m、直径23.6mの円形封土分で、自然石を用いて封墳の下に2段の護石を積んだ以外は特段の装飾はない。善徳女王は息子がいなかった真平王の娘として生まれ、聖骨という特殊な新羅王族意識によって新羅最初の女王となった。在位16年間に瞻星台と芬皇寺、特に新羅最大の皇龍寺九層木塔を建て、後に太宗武烈王となる金春秋と名将金庾信とともに新羅三国統一の基礎を固めた。三国遺事によれば、善徳女王は自分が死ぬ日を予言して仏の国である忉利天に葬るよう願ったという。臣下が場所を問うと郎山の麓と答え、そこに葬った。後に文武王が三国統一後に郎山に四天王寺を建てたことで、臣下は郎山の頂上こそが忉利天と言った女王の意を理解したと伝えられる。