
三国時代
慶州月城(半月城)
慶尚北道慶州市仁旺洞
地図で見る場所紹介
西暦101年、婆娑王22年に新羅の王城として築城され、935年に新羅が滅びるまで宮殿があった場所である。地形が三日月に似ていることから「新月城」または「月城」と呼ばれ、王の居城として「在城」とも称された。朝鮮時代以降は半月城と呼ばれ現在に至る。城壁は石と土を混ぜた土石築城で全長1,841m、城内面積は193,585㎡である。東は東宮・月池と繋がり、北には瞻星台があり、南には南川が防衛線の役割を果たしている。記録には南門・帰正門など多くの門楼や殿閣が記されている。現在も月城の地下には青銅器時代の無文土器から統一新羅時代の土器・瓦・建物礎石などが埋まっている。