
南北国時代(統一新羅・渤海)
慶州 憲康王陵
慶尚北道慶州市南山洞
地図で見る場所紹介
この陵は新羅第49代憲康王(在位875~886)の墓である。景文王の長男として王位を継いだ憲康王は、仏教と国学に強い関心を持ち、文治を志した。在位中は毎年豊作で太平の世を成し、街には歌声が絶えず、日本王が黄金を献上したほどだったと伝えられる。死後は菩提寺の東南に葬られたとされる。陵は慶州南山の北東の裾にあり、高さ4.2m・直径15.3mの円形封土墓で、墓の裾に4段の石積みが巡らされている。1993年の発掘調査で石室内部構造が確認された。東南に羨道、西に石室が設けられ、石室入口には石扉・敷居・閉塞石などがあり、西壁に遺体を安置した屍床がある。