アプリでまとめてアプリを入手
K-Story TrailK-Story Trail
歴史探訪
深谷寺(益山)
三国時代

深谷寺(益山)

全北特別自治道益山市郎山面蔣岩길113

地図で見る

場所紹介

深谷寺(シムゴクサ)は、全北特別自治道益山市朗山面(ナンサンミョン)朗山里176番地の弥勒山の麓、長岩(チャンアム)村の上手に位置する、大韓仏教曹渓宗第17教区・金山寺の末寺である。深谷寺は寺の名称からも分かるように、新羅時代に無染大師が修道する場所を探していた際、弥勒山の深い谷に入って寺を建てたことから深谷寺と呼ばれるようになったという。深谷寺が位置する弥勒山は、新羅が三国を統一する前、薯童王子である武王が百済の復興を夢見て建てた弥勒寺が位置する所でもある。深谷寺の大雄殿の前にある深谷寺七層石塔は、2001年9月21日に全羅北道有形文化遺産に指定された。もとは深谷寺から200mほど離れた所に位置していたものを現在の位置へ移したといい、造成時期は高麗末~朝鮮初とみられている。材質は花崗岩で、全体の高さは366cm、基壇の高さは116cm、塔身の高さは250cm、1層の塔身の幅は92cmほどである。基壇と塔身、相輪部が比較的よく備わっている。基壇は四角形の基壇石に精巧な蓮花文を彫っており、その技量が優れている。また塔身は比較的低く安定感を保っており、隅柱や撑柱も表現していない。1層の受け石の上に7層の屋蓋石を載せ、最上部には小さな蓮の蕾の形の頭飾りを載せている。屋身と屋蓋石が1枚の石で成っている。屋蓋石の受けは3段で表現されており、傾斜の緩やかな屋蓋石の軒先は隅がわずかに持ち上がっている。底石の上にある受け石には、伏せた姿の蓮花文と上を向いた姿の蓮花文が上下にそれぞれ刻まれている。全体的に見て、基壇部の仰蓮・伏蓮などには高麗時代後期の塔の様式が残っており、屋蓋受けの簡略化など朝鮮時代の塔の特徴も見られ、過渡期的な石塔様式の変化過程を知ることができる重要な資料である。