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歴史探訪
済民楼
朝鮮王朝

済民楼

慶尚北道 榮州市 가흥동

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場所紹介

三判書古宅の裏手に位置する2階建ての楼閣、済民楼は「民を救済する」という意味で、朝鮮で最も古い公立の地方医院であった。嶺南の郡守が学校と医局を兼ねるために建てた場所で、朝鮮初期の地方公立医療機関である医学楼として、また嶺南の儒者たちの講学の場として活用された。高麗恭愍王1371年に郡守の河崙が書堂と学者の勉学のための空間として創建した。1418年(太宗18年)に栄州郡守の李允商が医院を建て、太白山、小白山で採取した薬材を貯蔵し、朝廷に薬材を供給し、里の百姓たちの疾病を治療した所である。その後1455年(世宗15)に医院建物の済民楼が創建され、1608年(宣祖41年)に郡守の李大進が済民楼の北側に医局を建て、医療業務と両班の子弟に医術を教える場として朝鮮初の地方医療機関として定着し、退渓李滉が百姓たちの疾病を診るために6か月間留まった空間でもある。もとは栄州市亀城南の南側の麓にあったが、1961年の洪水により建物が崩壊し、1965年に今の場所に再び建てられ、2007年に老朽化した楼閣を改築して現在の姿を整えた。鄭道伝の生家として知られる三判書古宅が近くにある。