日本統治時代근대건축
益山近代歴史館
全羅北道益山市中央路 12-151(中央洞2街)
地図で見る場所紹介
独立運動家金炳洙によって建てられた大規模な病院施設であったが、現在は益山近代歴史館として使用されている。日本植民地時代に繁華街であった中央洞に、独立運動家かつ医師の金炳洙が1922年に三山医院として開院した建物である。延面積289.26㎡の2階建て建物で、当時としては規模の大きい建物であった。建築壁面に水平の帯状模様を突出させたコスコ装飾をめぐらし、建物入口のポーチはアーチ形をなしている。8・15光復後は韓国無盡会社と国民銀行の建物として使用された。現在は益山近代歴史館として使用されており、1階展示室の左側壁面に残る金庫と窓枠は当時使用されていた実際の金庫と当時の窓の姿をそのまま展示している。