朝鮮王朝
礪山郷校
全羅北道益山市礪山面礪山교동길23-2
地図で見る場所紹介
礪山郷校は朝鮮太宗3年(1403年)に創建された。その後、宣祖の時に起こった壬辰倭乱の際に焼失したが、この地の儒林によって後に再建された。他の郷校と同じく中設位で、大成殿には中国の五聖人と10名の哲人、そして6名の賢人を配享し、韓国の18賢人もまた配享している。郷校の最上部には3間からなる大成殿があり、その下の左側に西廡、右側に東廡がそれぞれ3間の建物として建っている。内三門の下には正面5間の明倫堂があり、右側に東斎、左側に西斎がそれぞれ正面3間をなしている。またこれらの建物の下に司馬斎と養士斎、そして典祀庁がそれぞれ正面3間をなしている。礪山郷校大成殿は1984年4月1日に全北特別自治道文化遺産資料第83号に指定された。大成殿の規模は正面3間半である。屋根は側面から見ると人の字の形をした切妻屋根である。屋根の側面には風除けの防風板を付けている。大成殿の内部には孔子をはじめその弟子と韓国の聖賢の位牌を祀っている。朝鮮時代には国から土地や奴婢・書物などの支援を受けて学生を教えたが、現在は教育機能がなくなり祭祀機能のみが残っている。