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歴史探訪
禿用山城
朝鮮王朝

禿用山城

慶尚北道 星州郡 금수강산면 사더래길 144

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場所紹介

星州郡加川面金鳳里に位置する禿用山城は、小白山脈の主峰である修道山の稜線にある海抜955mの禿用山の頂上にある。山城の周囲は7.7㎞(高さ2.5m、幅1.5m)に達し、山城内の水源が豊富で活用空間が広く、長期戦に備えて造られた包谷式山城である。城の築造年代は正確には分からないが、1,500年前の星山伽耶の時に築いたものと推測され、壬辰倭乱を避ける途中で発見されたという。朝鮮粛宗元年(1675年)に観察使の鄭重徽が改築し、東西南北に7つの砲楼、アーチ形の東門、水口門、南小門などがあり、東西の軍糧庫があって星州、陜川、居昌の軍糧米も保管した。日帝強占期に発掘された軍器庫からは鉄斧、鉄槍、鉄矢、三叉槍、馬鞍、鎧などが出土した。星州郡では1997年から城郭を復元する計画を立て、損なわれた城郭の一部とアーチだけが残っていた東門を補修して原形に復元し、城内には官衙跡や寺址があちこちに散在している。禿用山城に関する歴史的記録は、李元禎が1677年に編纂した京山誌を通じて現れる。その書によれば陜川と居昌の軍士が配置され、城内には3つの渓谷、客舎、軍器庫などがあったという記録から、鄭重徽が改築した当時の規模をうかがい知ることができる。