K-ストーリートレイルK-ストーリートレイル
歴史探訪
群山開井面旧日本人農場倉庫(島谷金庫)
日本統治時代근대건축

群山開井面旧日本人農場倉庫(島谷金庫)

全羅北道群山市開井面バルメ길 53-5

地図で見る

場所紹介

島谷金庫は日本植民地時代、群山地域を代表する農場主であった島谷八十八が1920年代に建てた金庫用建物である。島谷は我が民族の文化財収集に関心を持ち、発産里石灯と五層石塔をはじめとする数多くの芸術品を不法に収集した人物である。この建物は島谷が収集した骨董品を保管していた場所であった。建物は3階建てのコンクリート建物で入口には鉄製の金庫扉が付いており、窓は鉄格子と鉄板で二重に施錠されている。現在発山小学校の場所に農場を作った島谷八十八は、日本の山口県久賀郡出身で日本での醸造業で財産を築いた後、日本清酒の原料となる安い米を求めて群山に来た人物で、1903年12月に当時7万円で発産里近くの土地を購入して農場を作り始め、1909年には臨陂のほかにも2つの面で486町歩の農地を所有する農場主となった。土地への執着が並外れて強かった島谷は、解放後も自分の農場を守るために米軍政庁に韓国人への帰化を申請し、他の日本人が帰国した後も帰国を拒否したが、結局は米軍政庁の強制的な勧告によりカバン2個だけを持って釜山港から最後の帰国船に乗らなければならなかった。この建物は半地下の1層と地上2層に続く3層まで一体型で作られ、内部の各層は木の床で区切られた建物である。外部への窓には鉄格子を設け、その外側に鉄扉を付けて二重の防犯装置となっている。出入口にはUSAマークが鮮明な扉が取り付けられており、第二次世界大戦前にアメリカから輸入した輸入品であることがわかる。