朝鮮王朝
致洞書院
全羅北道群山市沃溝邑오곡길29-13
地図で見る場所紹介
致東書院は群山市沃溝邑の所在地、沃溝貯水池の近くに位置する書院である。この書院は1926年に建てられた致東廟を母体とし、1983年に現在の位置へ移されるとともに書院として改めて建立された。ここには、中国斉国の王族で、国が滅びると臣下500余名を率いて西海を渡り、現在の群山・於青島に来て節義を守るためについに自決したという説のある田横(紀元前250〜202)と、高麗末期に文章と節義で名高かった潭陽田氏の中始祖である田冶隠・田雷隠・田耕隠が奉安されている。そのため毎年春と秋にこれらの人物へ祭祀を捧げている。空間構成は、講堂・東斎・西斎の講学空間と、三養祠・致東廟の祭享空間から成る。講堂は正面3間・側面2間の建物で、低いセメント基壇の上に八作屋根を載せた建物である。三養祠は正面3間・側面1間の建物で、セメント基壇の上に切妻(マッベ)屋根を載せた建物である。