
朝鮮王朝
蒼石祠堂
慶尚北道 尚州市 청리면 가천3길 70
地図で見る場所紹介
蒼石祠堂は、蒼石・李埈の位牌を奉安している。1656年に創建されたが、1771年(英祖41年)に月澗祠堂とともに、棣華堂のある場所へ移して建てられた。蒼石祠堂と月澗祠堂は同じ構造で、大門棟は正面5間のうち左側から順に、門間房・大門間・庫房・部屋・台所となっていたが、大門間は前面を土壁でふさぎ、庫房は前面を開放して板の間に改造した。祠堂は長台石で基壇を築き、円形に整えた礎石を据えて円柱を立てた。屋根は二重の軒で、両側面の破風面には風板を取り付けた。棣華堂は李㙉の三男・李申圭が1632年(仁祖10年)に建てたもので、李㙉が住んでいた家である。建物としては蒼徳祠堂や李㙉を祀る月澗祠堂などがある。ここで棣華とは、兄弟が仲睦まじく過ごしたことを象徴する。李㙉は壬辰倭乱の際の義兵将で、弟の李埈が白華山の戦いで病に倒れて死にかけていたとき、死を覚悟して弟を背負い戦場を脱出して命を救い、この兄弟の友愛を描いた兄弟急難図が伝えられている。