朝鮮王朝
迂溪書院
慶尚北道 榮州市 평은면 천본리 55-1
地図で見る場所紹介
迂溪書院は、1570年(宣祖3年)に李徳弘が学問の研鑽と心身の修練のために建てた「迂溪精舎」の後身である。1592年(宣祖25年)の壬辰倭乱によって焼失したが、1595年(宣祖28年)に双渓の丘へ移建し、1636年(仁祖14年)には洪水で流失するなど、幾度も移建と重建を経た。士林の公論により1665年(顕宗6年)10月2日に道存祠を建立して李徳弘の位牌を奉安した後、1691年(粛宗17年)に迂溪書院へと昇格した。1699年と1707年の大洪水で水路が変わり書院が浸水被害を受けると、1711年(粛宗37年)に現在の位置へ移建し、1724年(景宗4年)にはその長子・李蒔を配享した。1871年(高宗8年)に毀撤されたが1919年に復享し、1978年に道存祠を再建した。