
近代(開港・大韓帝国)
道山書堂
全北特別自治道高敞郡高敞邑道山1길 4
地図で見る場所紹介
陶山書堂の創建年代は正確には分からないが、17世紀頃に進士・呉道煥が自分の子弟や近隣の子供たちを教育した場所である。礼曹参判を務めた呉道煥の婿・鄭宅信が受け継ぎ、家とともに管理したが、1862年に晩秀・金永哲が買収した。金永哲が古い書堂を取り壊して新しい建物を建てることを望むと、金永哲の長孫である晦泉・金在鍾が叔父・金順黙の助言を受けて1907年に新たに講堂を建立し、金永哲の号を取って「晩秀堂」と扁額した。陶山里に位置していることから陶山書堂と名付けられたが、別名「ソムトゥム書堂」とも呼ばれ、早くから人材養成のための教育機関としての役割を果たした。陶山書堂の東側には正面3間、側面3間の晦泉精舎が配置され、後方には蓮池を掘って後庭を設え、蓮池の傍らには小さな亭子が建てられている。比較的よく管理されているが、建物左側の縁側に損傷があり、基壇部が押し出されつつある。晩秀堂の扁額は全羅監司・金聲根の筆跡である。