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歴史探訪
金烏山城
朝鮮王朝

金烏山城

慶尚北道 亀尾市 남통동

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場所紹介

慶尚北道亀尾市の金烏山道立公園内にある、海抜976mの険しい金烏山の頂上部と渓谷を囲んで内・外城の二重に石で積んで造った山城である。金烏山城を最初に築いた年代が文献上になく確実には分からないが、高麗後期に倭寇が内陸深くまで頻繁に攻め入って人命を殺傷し略奪を事としたため、近隣の善山、仁同、開寧、星州の百姓たちが金烏山に避難し、倭寇の侵略を防ぐために城を築いて軍兵に守らせた。ここに軍糧と武器を備蓄する軍倉まで置いたという。内城は頂上部に帯を巡らせた形に築かれ、周囲が10里にもなり、険しい絶壁には別に城壁を築かなかった。外城は渓谷を囲んだ周囲が5里で、内・外城壁の長さは6.3㎞にもなる。朝鮮太宗10年(1410)に国家的計画で城を大きく改築し、壬辰倭乱の時にこの山城の戦略的重要性が認識され、宣祖28年(1596)に再び改築した。仁祖17年(1639)に外城を築く拡張工事が施行されて二重の山城となり、高宗5年(1868)に新たに改築した。記録によれば城内に1つの渓谷と複数の池、井戸があり、大恵倉と内城倉という倉庫、軍器庫、鎮南寺があったという。今は内・外城の門跡、敵に分からないように造った小さな城門である暗門の形体、建物跡が残っている。一方、城内には高宗5年(1868)頃に建てたと推定される金烏山城中修松工碑が城を寂しく守っている。