朝鮮王朝
長水郷校
全羅北道長水郡長水邑郷校길31-14
地図で見る場所紹介
長水郷校は、朝鮮太宗7年(1407)に徳行の優れた人々を祀って祭祀を行い、地方民の教育のために国が建てた地方教育機関である。現在の場所へ移されたのは粛宗12年(1686)のことである。大成殿は孔子をはじめ諸聖賢を祀って祭祀を行うための空間で、正面3間・側面3間の大きさである。屋根は側面から見ると人の字の形をした切妻屋根で、建物の大きさはさほど大きくなく、正面中央には開き戸を付けた。右側と左側の間にも同じ形式の戸を1枚ずつ付け、その隣には井の字の形の窓を付けた。屋根の軒を支える装飾構造の外観を華やかに飾っており、このような装飾は朝鮮中期以降の建築の特徴的な要素である。長水郷校は壬辰倭乱の際にもよく保存され、朝鮮前期の郷校の形態をよく知ることができる。ここで保管している書籍は地方郷土史研究の貴重な資料となっており、特に大成殿は朝鮮時代の郷校建築の代表的な建物の一つである。