
朝鮮王朝
韓山郷校
忠清南道舒川郡韓山面韓山郷校길76-31
地図で見る場所紹介
韓山郷校は、舒川の韓山地方の住民の教育と教化のために国が建てた朝鮮前期の教育機関である。韓山郷校を建てた時期は正確には分からないが、高麗忠烈王(在位1274〜1298)の時に東山里の遊山に建てたと推定される。その後、朝鮮顕宗10年(1669)に現在の場所に移し、哲宗1年(1850)から翌年まで大規模に改築した。建物の配置は、前方に学問を学ぶ空間である明倫堂があり、後方に祭祀を行う空間である大成殿があって、前学後廟の形態に従っている。大成殿は正面3間、側面3間規模で、屋根は側面から見ると「人」の字形の切妻屋根である。講堂である明倫堂は正面4間、側面2間規模で、切妻屋根の側面に風除けの風板を設けた。この他の建物としては、学生の寄宿舎として使われた東斎と西斎があるが、普通は明倫堂の左右に建てるところ、ここは敷地の幅が狭く長さが長いため、東斎は明倫堂の右側に、西斎は塀の外に位置している。