
朝鮮王朝
芹城書院
慶尚北道 安東市 일직면 긴대골길 10
地図で見る場所紹介
1812年(純祖12年)、義城郡安平面下坪里に、朝鮮の開国功臣である金仁贊の遺徳を追慕するため尼谷書院として創建され、義城郡比安面へ移建されたが、大院君の書院撤廃令によって取り壊された。その後1926年に現在地に再建され、書院名を芹城と改めた。境内の建物は祠宇と講堂、典祀庁、内外三門から成り、塀を巡らせている。書院の境内は非常に傾斜しており、講堂と祠堂の高低差が大きい。構成としては、外三門を入ると崇義堂と扁額を掲げた講堂が正面に見え、講堂の後方の急な階段を上ると祠堂の区域に至る。一方、講堂の右側の部屋の入口の上には養直斎という扁額が掛かっている。祠堂には元勲祠という扁額が掛かっており、祠堂区域の塀の外の右側に典祀庁が位置し、東西斎は別に設けられていない。