
朝鮮王朝
望洋亭
慶尚北道 蔚珍郡 근남면 산포리
地図で見る場所紹介
関東八景(關東八景)の一つである望洋亭は、その位置が高麗の時代には箕城面望洋里の海辺の丘に建てられていたが、朝鮮の世宗の時代に蔡信保が望洋亭は古く老朽したとして望洋里の懸鐘山のふもとに移したという。その後、1517年に暴風雨で倒れたものを1518年(中宗13年)に按廉使の尹希仁が平海郡守の金世遇に頼んで改修し、1860年(哲宗11年)に蔚珍県令の李熙虎が郡承の林鶴英とともに現在の位置である近南面山浦里屯山洞へ移建したという。望洋亭は聖留窟の前を流れ下る王避川に沿い、東海の万頃の波を一望に見下ろすことができる丘に建てられており、その景色が関東八景の中で第一とされたことから、粛宗が『関東第一楼』という自筆の扁額を下賜した。粛宗と正祖が自ら作った御製詩、鄭樞の望洋亭詩、鄭澈の関東別曲の草稿、蔡壽の望洋亭記などの文が伝わっている。