
文殊寺(瑞山)
忠清南道瑞山市雲山面文殊골路201
地図で見る場所紹介
文殊寺の確かな創建年代の記録が伝わっておらず、正確な創建年代は分からないが、1973年に極楽宝殿内に安置された金銅如来坐像から発見された発願文に高麗第29代忠穆王2年(1346年)という記録があることから、高麗時代に創建された寺院と推定される。なお、発願文の発見時には、生苧(きぎぬ)、緞子、米、麦など600点余りも共に発見された。静かな山寺の雰囲気を感じることができ、春には周囲の山や牧場に桜と野生の花が調和し、一幅の東洋画を連想させる。*文殊寺極楽宝殿:極楽宝殿は柱心包式と多包式を折衷した美しい建物で、忠清南道の有形文化遺産に指定されている。正面3間・側面2間の規模で、屋根の側面が「人」の字の形をした切妻屋根の建物である。屋根の軒を支えながら装飾を兼ねる栱包が柱の上と柱の間にもある多包式の建物である。前面と後面の柱の間ごとに2つの栱包を配置し、側面には栱包を置かず、切妻屋根の建物の一般的な側面の設計方式に従っている。内部には中央に仏壇を配置し、その上に華やかな天蓋を掛けた。床には井桁状の板の間を敷き、儀式を行う時や修行の助けとなるようにした。極楽宝殿は彫刻の技法が非常に秀麗かつ雄壮で、如来像をはじめ三世仏像や羅漢像・各種幀画など多くの遺物を保管している。*文殊寺金銅如来坐仏像:極楽宝殿内に奉安された金銅如来坐仏像で、座高70cm、膝幅50cmである。この坐仏像は高麗第29代忠穆王2年(1346年)に造成された端正な金銅仏坐像で、長谷寺金銅薬師仏坐像(宝物)をはじめとする高麗後期の仏像様式を代表する作品である。卵形のほっそりとした顔、細く程よい目、すっと通った鼻筋、微笑をたたえた端正な口など、繊細な表現が端麗な姿を見せている。均整のとれた体躯に下品中生印の手の形など、身体は堂々としながらも自然な調和をなしている。また、身体の特徴だけでなく、適切に施された衣のひだ、左肘のΩ字形のひだ、胸の僧脚崎と帯の結び目など、すべての点で長谷寺の仏像と同一の様式を見せており、造成年代も同じで、また近隣に位置していることから、同じ彫刻家の作品、あるいは同一流派の作品である可能性がある。