三国時代
扶余羅城【ユネスコ世界遺産】
忠清南道扶余郡扶余邑東門路142번길100-11
地図で見る場所紹介
扶余羅城は、扶余郡扶余邑・双北里から塩倉里まで、扶余市街地の東側に築かれた城壁である。百済の都・泗沘(扶余)を守るために築かれた周囲8.4kmの城で、扶蘇山城を中心に東西の自然地形を利用して扶余市街地外郭を取り囲んでいる。韓国では平壌の羅城とともに最古の羅城の一つで、熊津(公州)から泗沘へ遷都した538年頃に築かれたと見られる。城壁は扶蘇山城の東門跡から始まり塩倉里の錦江(白馬江)沿いまで土で築かれている。現在、清山城東側の約20mや石木里から東門橋まで、弼西峯から塩倉里までにかすかな痕跡が残る。最高峰の弼西峯には烽燧跡と建物跡が残る。史跡に指定されており、ユネスコ世界遺産「百済歴史遺跡地区」にも含まれる。