
朝鮮王朝
永川崇烈堂
慶尚北道 永川市 성내동
地図で見る場所紹介
永川崇烈堂は、朝鮮世宗のとき対馬と女真の征伐に功を立てた李順蒙将軍(1386~1449)が住んでいた家で、1433年に中国式で建てられた建物である。永川崇烈堂の規模は正面5間、側面3間で、屋根は側面から見ると「人」の字の形をした切妻屋根(マッベ屋根)であり、その両端の間に翼を付けたように屋根を継ぎ足している。このような形は、切妻屋根が入母屋屋根(パルジャク屋根)へ変わる過程を示す屋根形式である。屋根の軒を支えるために柱の上部に装飾して組んだ構造は、鳥のくちばしのような形に突き出している。平面は中央の3間より両端の間が一尺ずつ狭く、建物内部の天井は骨組みがはっきり見える化粧屋根裏(延燈天井)に仕立てられている。永川崇烈堂は構造が朝鮮前期の手法を示しているが、一部の部材の精巧で美しい彫刻は朝鮮後期の手法を表している。