
朝鮮王朝
懺堂庵(高敞)
全羅北道高敞郡牙山面兜率路194-77
地図で見る場所紹介
懺堂庵(참당암)は禅雲寺を出て右の山道を進んだ先にある。現在は禅雲寺の山内庵子のひとつに格が下がったが、禅雲寺のさまざまな사암(寺庵)のうち最も最初に創建され、本来の名前も「懺堂寺」あるいは「大懺寺(대참사)」と呼ばれた大きな寺刹だった。義雲(의운)禅師によって創建され、高麗時代を通じて何度も中修された。朝鮮・成宗代(1469〜1494年)以降、禅雲寺が山中の中心道場となることで寺勢が傾いた。境内には大雄殿があり、1984年11月30日に宝物に指定された。高敞禅雲寺懺堂庵大雄殿は義雲和尚が新羅真平王の頼みで建てたと伝わる。大雄殿の規模は正面3칸・側面3칸で맞배지붕(切妻屋根)。包架は多包様式で、前面は典型的な18世紀多包様式を示す一方、背面は柱上のみに包架がある柱心包様式を取っており、これは修理の際に高麗時代の부재を再活用したものと推測される。