
朝鮮王朝
河陽郷校
慶尚北道 慶山市 하양읍 교리길20길 12-5
地図で見る場所紹介
1985年に慶尚北道文化遺産資料に指定された河陽郷校は、正確な建立時期が伝わっていない。ただし、朝鮮前期に政丞を務めた許稠を輩出し、県の西3里に郷校があったという記録などから推し量ると、高麗後期または朝鮮前期に建立されたものと推定される。壬辰倭乱で河陽県が衰退し郷校も荒廃したが、1608年に新たに重修されたものとみられる。その後も明倫堂の重建や廟宇および堂斎の補修など、数回の重修が行われた。河陽郷校は入口から外三門、明倫堂、内三門、大成殿が一直線に配置された典型的な前学後廟の構造である。境内には典祀庁、器物庫、管理舎などが残っている。毎年陰暦2月と8月の最初の丁の日に執り行う。このほか、河陽地域の儒林や高齢者を敬う耆老宴の行事を定期的に開催しており、地域の中学生を対象とする人性教育などを通じて伝統文化の継承・発展を成し遂げようとしている。