
朝鮮王朝
退守書院
忠清南道扶余郡林川面忠節路1001番길 24
地図で見る場所紹介
退守書院は扶余郡林川面万沙里にある朝鮮時代の書院で、豊壌趙氏の3人(石谷趙朴・惺江趙堅素・退守斎趙聖復)を祭祀している。趙朴は宣祖39年に文科に及第して官職に就いた。趙堅素は朝鮮後期の文臣で、金溝県令まで官職が至ったが辞職し、学問と後学の指導に専念した。趙聖復は大司諫まで官職が及んだが、政治的に反対の者たちに流配され、そこで死去した。退守書院は英祖33年に世道面東沙里に初めて建てられ、最初は趙聖復の位牌のみが安置されていた。その後1957年に現在地に移転した際、趙朴と趙堅素も合わせて配祀することになった。書院近くには半院書院・艮谷書院・林川郷校がある。