
三国時代
礼山花田里石造四面仏像
忠清南道礼山郡鳳山面花田里
地図で見る場所紹介
礼山花田里(イェサン・ファジョンニ)石造四面仏像は、1983年に発見されたもので、石柱の4面に仏像が刻まれた百済時代唯一の四面仏である。四面仏は別名『四方仏』ともいい、東西南北の方位に従って四方の浄土に君臨する信仰の対象である薬師仏、阿弥陀仏、釈迦仏、弥勒仏を意味する。南面には本尊仏と考えられる如来坐像があり、残りの面には如来立像がそれぞれ1体ずつ刻まれている。頭部は大きく損なわれたまま西向きと北向きのみが残り、別に差し込めるようになっていた手はすべて失われている。4体の仏像はいずれも両肩に衣をまとい、胸の部分に帯の結び目が見える。衣のひだは非常に深く、胸の下でU字形に重なっている。頭光は円形で火炎文・蓮花文が刻まれており、これは百済特有の様式である。韓国最初の石造四方仏として、瑞山龍賢里磨崖如来三尊像(国宝)と比較でき、百済美術史と仏教史の研究に極めて貴重な作品である。