
三国時代
扶余陵安谷古墳群
忠清南道扶余郡扶余邑陵山里
地図で見る場所紹介
扶余陵安谷古墳群は、百済陵山里古墳群(사적)の東側にある百済羅城(사적)や清馬山城(사적)と並ぶ百済時代の古墳群である。1995〜1996年の発掘調査で、横穴式石室墓30余基、石槨墓20余基、甕棺墓4基などを発見した。単独葬・合葬墓・幼児墓など多様な形式で埋葬されており、絹・紗などの布地や金製耳飾、銀製冠飾・腰帯飾など多くの遺物が出土した。墓の形式と出土遺物から6〜7世紀頃の百済貴族層の墓と推定され、百済後期の墓制と服飾研究に重要な資料を提供している。