高麗
宝泉寺(群山)
全北特別自治道群山市瑞水面内武場路249
地図で見る場所紹介
群山の築城山(チュクソンサン)の裾に位置する宝泉寺(ボチョンサ)は、正確にいつ建てられたのか記録として残っているものはないが、新羅・真興王24年(602)に恵空が建て、高麗・恭愍王元年である1352年に懶翁和尚が建て直したと伝えられている。新羅の僧がこの時期に百済に来て寺を建てたと見るのは難しい。1352年に懶翁和尚は元にいたという事実から見て、伝説と考えられている。ただ、寺の周辺にある畑からは高麗時代の瓦が多数発見されることから見て、間違いなく高麗時代には運営されていた寺と考えられる。宝泉寺の法堂の建物は建築彫刻が優れていて、1924年に日本人がここを買い取った後、日本に持って行ってしまう事件があった。宝泉寺の本寺であった威鳳寺の住職・郭法鏡が、密かに宝泉寺の建物と仏像を日本人に売却してこのようなことが起きたという事実が明らかになり、「売仏事件」と呼ばれ、世論が悪化した。宝泉寺はこの時に廃寺となり、残っていた器具は崇林寺に移された。現在の宝泉寺の建物は、1936年に旧・宝泉寺の隣の丘に新たに建て、1971年に改修したものである。