アプリでまとめてアプリを入手
K-Story TrailK-Story Trail
歴史探訪
大母庵(淳昌)
日本統治時代

大母庵(淳昌)

全羅北道淳昌郡淳昌邑醬類路197-22

地図で見る

場所紹介

淳昌の大母庵(テモアム)は、百済時代の山城跡である淳昌大母山城の北側に位置する寺院である。鶴城が1933年に創建した所で、6・25戦争の際にほぼ廃寺同然となったが、1973年に法堂を改修し、1985年に梵鐘閣を建てた。1993年には大雄殿を新たに建てた。大母庵は大雄殿・梵鐘閣・寮舎2棟からなっている。大雄殿は八作屋根で正面3間、側面2間の木造建物である。内外部には丹青が描かれており、外部の壁画には花卉図・尋牛図(本性を探すことを牛を探すことにたとえて描いたもの)が描かれている。仏壁には仏がある。大雄殿には、日本統治時代の末期に大母庵へ移されてきた「大母庵木造如来坐像」が祀られている。17世紀中頃に作られたと推定される如来像である。この仏像は両手を膝の上に載せた姿勢をしており、親指と中指を合わせている。このほかにも、四角形の顔や、単純化された衣の皺などから見て、17世紀に活動した僧侶彫刻家・熙蔵が作ったものと推定される。仏像の内部から発見された遺物としては、作法亀鑑・宝蔵録など、学術研究に重要な仏教関連の書籍がある。