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歴史探訪
安東 禮安李氏 忠孝堂
朝鮮王朝

安東 禮安李氏 忠孝堂

慶尚北道 安東市 풍산읍 우렁길 73

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場所紹介

安東 禮安李氏 忠孝堂は、壬辰倭乱の際に義兵将として活躍し殉国した李弘仁父子の忠と孝が絡み合う由緒深い家である。李弘仁公の子孫が住む家で、明宗6年(1551)に建てられたと見られることから朝鮮中期の建築と推定され、「忠孝堂」と呼ばれる。母屋と舎廊が接し合い、安東地方でよく見られるロの字形の平面をなしている。内部の中央を庭とした素朴な家で、南側と西側に外へ通じる大門がある。南門が本来の大門であるが、今は西門を大門として使っており、西門の外に平行してあった外舎を撤去した後に出入りの門も移したものと見られる。空間に比べて広く頑丈な門枠を持ち、出入りの門が多くて興味深い。西側には一字形で、屋根の側面が八の字形をした入母屋屋根を持つ「双修堂」という別堂がある。「双修堂」とは忠と孝を一家で兼ね備えたという意味で、李弘仁が壬辰倭乱で義兵将として出て倭敵と戦い壮烈に殉国した忠義を讃え、その子孫・漢五の至極の孝を讃えるものである。この家は部分的に修理され変形もされたが、低い丘を背に豊山平野を望んで位置している。また、大部分の上流住宅とは異なり、素朴で庶民的な民家の性格が強い。(出典:国家遺産庁)