
古朝鮮・青銅器時代ユネスコ世界遺産고분
錦山川内里・龍化里支石墓
忠清南道錦山郡済源面龍化里
地図で見る場所紹介
支石墓は青銅器時代の支配層の墓で、『支石墓(チソンミョ)』とも呼ばれる。この支石墓がある場所は日用谷(イリョンゴル)村の裏山で、南北に長く低い丘陵性の山地が形成されている。龍化里(ヨンファリ)から流れ下ってきた錦江(クムガン)の流れが、この丘陵を『S』字形に曲がって回り、忠清北道永同(ヨンドン)方面へ抜けていくところで、錦山邑(クムサンウプ)に群れをなしており、全部で12基が確認される。蓋石は四角形または不定形で200cm前後の大きさで、周辺から石刀、石鏃、赤色を帯びた土器などが出土した。全国に散在する支石墓のうち14基が錦山にあり、そのうち青銅器時代の支石墓12基が済原面(チェウォンミョン)川内里(チョンネリ)470-5番地に、支石墓2基が龍化里502-1番地に位置している。