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歴史探訪
徳巌書院(星州)
朝鮮王朝

徳巌書院(星州)

慶尚北道 星州郡 월항면 유월3길 29-72

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場所紹介

この書院は、京山李氏の3賢である三益斎・李天培、白川・李天封、学稼斎・李の3人を尊慕し、顕宗13年(1672)に士林が徳巌祠を建立したことに由来する。その後、興宣大院君の書院毀撤令により毀撤されたが、高宗13年(1876)に徳巌書堂として重建した。現在の書院名は、1998年に政府と慶尚北道の支援を受けて廟宇、内三門、東・西斎などを建立し、翌年改称したものである。書院に祭享された李天培と李天封は兄弟の間柄で、共に寒岡・鄭逑から教えを受けたが、李天封は丁卯胡乱が起こると星州で義兵を起こして功を立てた。李は旅軒・張顕光の門下で学び、百忍堂を建てて後進教育に努める一方、洞規・郷約を整備したりもした。書院の配置構成は、土石垣を巡らせた長方形の郭の前面に、書院に出入りする大門にあたる楼上三門である建明門があり、北側に講堂、その前に東・西斎が向かい合っている。書堂の後方には別途の郭内に内三門と祠堂が位置している。講堂は正面5間・側面3間の規模で、中央2間の大庁を中心に左側に2通間のオンドル部屋、右側にオンドル部屋1間を置いた中堂夾室形の構造となっている。東・西斎は正面3間・側面1間の規模で中堂夾室形であり、祠堂は正面3間・側面1間半の規模となっている。(出典:星州郡文化観光)