近代(開港・大韓帝国)
林炳瓚倡義遺跡地
全北特別自治道井邑市山内面鍾城里
地図で見る場所紹介
林炳瓚倡義遺跡地は、旧韓末に遯軒・林炳瓚(1851〜1916)先生が日本の侵略から国を救おうと義兵たちを集めて訓練させた場所である。林炳瓚先生は、不法な乙巳条約が締結された翌年の1906年、勉菴・崔益鉉先生とともに武城書院で義兵を起こし、淳昌の戦いで日本軍と戦って崔益鉉とともに捕らえられ、対馬に流刑された。1914年、独立義軍府を全国組織に拡大して大韓独立義軍府とし、義兵活動をしていて逮捕され、巨文島で流刑生活を送る中、病で世を去った。この地域は海抜400m以上の山間の僻地で、林炳瓚先生が日韓併合に備え後進を養成するため、孔子を祀る霊昭殿の学堂を建てて弟子を教えた。また兵器廠および弾薬製作所、宿所を設けて弓射・乗馬などを習わせた。現在は当時の建物の痕跡だけが残っているのみで、近年、子孫たちが記念碑を建て、井邑市が案内板と標石を設置した。