
三国時代
兜率庵(高敞)
全羅北道高敞郡兜率길 294 兜率庵
地図で見る場所紹介
兜率庵(トソラム)の正確な創建事実は分からないが、事跡記には禅雲寺とともに百済の時代に創建されたという記録が伝わる。新羅の真興王が晩年に王位を捨て、兜率山の一つの窟に留まっていたところ、ある夜に岩が割れてその中から弥勒三尊仏が出現する夢を見て、これに感応し、中愛寺、禅雲寺、兜率寺など多くの寺庵を創建したという。弥勒三尊の出現や兜率という名などは、兜率庵が弥勒信仰を基盤に創建された寺であることを推測させる。特に兜率庵の西側の巨大な岩壁に刻まれた磨崖仏坐像は、高麗初期の磨崖仏系統の仏像として大きく注目されているが、人々がこの磨崖仏を『弥勒仏』と呼んでいることからも、兜率庵と弥勒信仰の深い関連性を物語っている。現在、兜率庵の堂宇は大雄殿、羅漢殿、兜率天内院宮、寮舎などで構成されている。