
朝鮮王朝
扶余郷校
忠清南道扶余郡扶余邑義烈路21-4
地図で見る場所紹介
郷校は公子と諸聖賢への祭祀を行い地方民の教育と教化のために国が設けた教育機関である。扶余郷校の創建年代は不明だが朝鮮前期に創建されたものと見られる。元々は扶余邑旧校里の西麓に建てられたものを18世紀中葉に現在地に移転し数回の修繕を経て今日に至る。建物全体の配置は勉強空間の明倫堂が前方に、祭祀空間の大成殿が後方に位置する前学後廟の構造である。明倫堂は前面5間・側面2間の規模で八作(寄棟破風)屋根建物。大成殿は前面3間・側面3間の規模で天井の骨組みが剥き出しの연등천장となっている。甲午改革以後教育機能は廃止され、現在は春秋に祭祀を行い初一と十五に焼香している。