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歴史探訪
慶基殿
朝鮮王朝유적

慶基殿

全羅北道全州市完山区太祖路44(豊南洞3街)

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場所紹介

慶基殿は朝鮮王朝を開いた太祖の肖像画、すなわち御真を奉安し、祭祀を行うために太宗10年(1410年)に建てられた。全州・慶州・平壌などの御真奉安処は最初「御容殿」と呼ばれたが、太宗12年(1412年)に「太祖真殿」と改称され、世宗24年(1442年)に全州は慶基殿・慶州は集慶殿・平壌は永崇殿とそれぞれ称されるようになった。慶基殿は宣祖30年(1597年)の丁酉再乱で消失したが、光海君6年(1614年)に重建された。慶基殿は、誰もが馬から降りることを示す聖性の下馬碑・朱色の紅箭門・外神門・内神門・御真を奉安した正殿から構成される。王室祠堂であるため神門と称され、紅箭門の内側の内・外神門の三つの門を通る際は「東入西出」、すなわち東(右)から入り西(左)から出なければならない。中央は太祖の霊魂が行き来する「神道」だからである。慶基殿は朝鮮太祖李成桂の御真奉安とともに全州史庫が設置されたという点で非常に重要な意義を持つ。全州史庫が設置されたのは1439年(世宗21年)のことである。境内には太祖の影幀を奉安した慶基殿(有形文化財)と、その22代祖で全州李氏の始祖である新羅の司空公李翰夫妻の位牌を奉安した肇慶廟(有形文化財)がある。特に太祖御真(国宝)と現存する朝鮮王朝の御真が祀られた御真博物館も位置している。