
南北国時代(統一新羅・渤海)
慶州 聖德王陵
慶尚北道慶州市朝陽洞
地図で見る場所紹介
慶州から仏国寺方向へ向かう道の東南丘陵の松林の中にある、新羅第33代聖徳王(在位701~737)の墓である。聖徳王は神文王の息子で本名は隆基。唐との積極的な交流を図り、政治的に最も安定した新羅の全盛期を主導した。『三国史記』によれば737年に王が薨じた際、移車寺の南に葬られたとされ、現在王陵の北側に移車寺と推定される寺跡がある。王陵の裾周りは46m、高さは5m。墓の下部には面石と甲石、控え石(撑石)、三角形の支え石が配置され、その間に12支神像が彫られている。墓前には石床、四隅に石獅子が置かれ、文人石・武人石も立てられていたが現在は武人石1体と上半身のみの石人1体が残る。写実的な彫刻技法は統一新羅初期様式に属する。