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歴史探訪
興福寺(金堤)
朝鮮王朝

興福寺(金堤)

全羅北道金堤市興士洞勝般路103

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場所紹介

興福寺は、大韓仏教曹渓宗第17教区本山である金山寺の末寺である。650年(義慈王10年)、高句麗から来た普徳が創建し、僧伽寺と称した。幾度も再建と改修を重ねたが現在ではその詳細は分からず、1597年(宣祖30年)の丁酉再乱の際に寺は完全に焼失して廃墟となってしまった。1625年(仁祖3年)、金堤に住んでいた興福処士が仏の感応を受けてこの寺を祈願道場とし、極楽殿を再建しながら寺の名を興福寺と呼んだ。その後、寺は再び衰退したが、近代に入って1943年に法雲和尚が極楽殿や観音殿などを改修しながら本格的に発展し始めた。1954年の仏教浄化運動の際には教団の行政本部となり、1961年には月珠和尚が金山寺と興福寺の住職を兼任しながら、全羅北道地域の仏教浄化運動の中心的役割を果たした。1976〜1979年にかけて大々的な再興の仏事が行われ、寺の面貌が一新された。寺には大雄殿をはじめ、弥陀殿、弥勒殿、三聖閣、四天王殿、定慧院(僧房)、僧房および水閣である仏乳閣など、数棟の建物がゆったりと配置されている。境内には樹齢600年ほどの神壇樹と、雪泉という井戸がある。