
朝鮮王朝
棲碧古宅
慶尚北道 青松郡 파천면 중들2길 22-2
地図で見る場所紹介
※ 2025年3月の山火事により建物の一部が焼失したため、訪問前にご確認ください。棲碧古宅は、平山申氏27世孫の申漢昌(1669〜1749)が宗宅から分家する際、1739年に建立したという。当時は5間の規模だったが、31世孫の致九(1777〜1851)が拡張・増築する際、致九の号である「棲碧」を堂号としたという。平面は正面5間、側面4間の「コ」の字形平面に、前面部分だけ両側に1間ずつ付け足した翼屋である。中門間を中心に西側に舎廊空間を設けた。2間の温突房と1間の板の間の計3間で構成され、西翼舎とは部屋でつながることのできる殯所房が位置する。板の間は後方上部に龕室を設け、板の間と温突房1間の前方に濡れ縁(トェンマル)を設けて出入りを円滑にした。宗家に類似した家屋形式を持ちながらも、建立当時の平面手法である庫房と遺産庫、窓戸の構成法、結構手法など初期の姿をよく保存している。