
朝鮮王朝
長鬐郷校
慶尚北道 浦項市 남구 장기면 읍성길 92
地図で見る場所紹介
長鬐郷校は朝鮮太祖7年(1398)に初めて建てられたが、壬辰倭乱の際に焼失したため、宣祖33年(1600)に再び建てた。正祖9年(1785)に馬峴洞へ移して建て、1931年に郡守の金永洙が邑城内にあった旧客館を修理して位牌を祀り、現在の郷校として伝わっている。壬辰倭乱が起きた時、徐方慶・徐克仁・李大任・李訥などが郷校に祀っていた位牌を龍巖石窟に移しておき、位牌だけは無事であったと伝えられる。郷校を移して建てた際、德溪林再華が代々暮らしていた自らの屋敷跡を差し出し、郷校の再建に大きく貢献した。今日残っている建物は、祭祀を行う空間である大成殿、教育機能を担う講堂である明倫堂、内三門、外三門などである。大成殿には孔子を中心に、その弟子たちと中国・わが国の聖賢を祀っている。朝鮮時代には国から土地・奴婢・書物などの支援を受けて学生を教えたが、今は教育機能はなくなり、祭祀機能のみが残っている。