
朝鮮王朝
金谷書院
忠清南道論山市連武邑王陵路 170-35
地図で見る場所紹介
萬峙堂金守南(1576〜1636)の忠節を讃えるために建てられた書院である。金守南は朝鮮中期の文臣で、壬辰倭乱のとき朝廷に従い江華島に避難したが、そこに敵軍が侵攻すると殉節した。この書院は粛宗13年(1687)に伽倻谷面助整里に宋時烈・宋浚吉が建て、粛宗16年(1690)に現在地に移転した。正祖5年(1781)には梅竹軒成三問と松齋趙繼命の位牌を追加して奉安した。その後、高宗5年(1868)に興宣大院君の書院撤廃令で書院が撤去されたが、祭壇を設けて祭祀を行い、1977年に祠宇を建てて今日に至っている。位牌を奉安する祠宇では毎年陰暦3月3日と9月9日に祭祀を行っている。