
朝鮮王朝
松谷書院(瑞山)
忠清南道瑞山市仁地面舞鶴路1353-9
地図で見る場所紹介
瑞山鄭氏の始祖である鄭臣保の学問と徳行を称えるため建てた書院である。鄭臣保はもともと中国宋の人で、国が滅びると高麗に亡命した後、瑞山に定着して暮らした。粛宗20年(1694)に建てた後、興宣大院君の書院撤廃令により高宗8年(1871)に解体されたが、1910年に柳養黙ら儒林が復元した。境内には先賢の祭祀を行う祠堂と寄宿舎である東斎、西斎、出入門などがある。祠堂は鄭臣保と、追加で祀った8人の儒学者(鄭仁卿、柳方澤、尹煌、柳伯儒、柳博淳、柳潤、金積、金偉材)を含め、計9名の位牌を祀っている。建物は正面3間、側面2間規模で、屋根は側面から見ると「八」の字形の入母屋屋根で仕上げてある。この書院は地方教育の一翼を担っていた機能はなくなり、今は毎年2月と8月に祭祀を行っている。